水鏡文庫

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2020-01-01から1年間の記事一覧

盗まれたあの子

生きていてくれてよかった、精神科の主治医が4ヶ月ぶりにぼくに会って開口一番そう言った。ぼくは、両目から涙を垂らしていたことを、彼から差し出されたボックスティッシュによって知った。ぼくはずっと、だれかに存在を肯定されたかったのかもしれなかった…

きみとは運命

運命なんて、信じないし、運命なんて、諦めなきゃいけないときだってあるし、誰にもわからないようにドブ川に棄ててきたぼくの抜け殻なんかを、だいじにしてるちょっと頭のおかしいきみにも、運命はあるんだろうな。たぶん。 絶望的な愛と、絶対的な正しさは…

深夜の病棟

うまれてこなければよかった、と繰り返しつぶやくぼくにきみは、うまれてきた意味はかならずあるはずだと、そういったね。ぼくは、必死に探したよ。きみのいったうまれてきた意味というものを。けれど、それはどこにも見当たらなかったんだ。警察にきいたら…

みずいろ

拝啓、みずいろのあなたへ みずいろが好きだ。 みずいろはぼくのいろだった。いつでもぼくのいろだった。ぼくだけのいろ、ではないけれど、たしかにぼくのいろだった。アイスキャンデーのみずいろ。海のみずいろ。カシャカシャしたウィンドブレイカーのみず…

おわり

生きていることがどんなに尊いかなんて、そんな腥い話をしたいわけではないんだな。ぼくはもっと、大空を泳ぐジンベエザメの話とか、海にきらめく流星群の話とか、ミルクを飲む子牛の可愛らしさとか、そういう話をしたい。 ぼくには、救いたいひとがいた。救…

贖罪と白鳥

井の頭公園のまんなかに、ぽっかり浮かんだ池。いくつもの偽物の白鳥が、わらっている。ぼくは、ここがすきだった。春には、満開の桜が咲いて、ぼくのこの居場所がなくなってしまうけれど。白鳥は、いつでも変わらない。あの娘と、校則をやぶった寄り道に、…

みずいろのきみ

ぼくには、なにもなかった、はずで、なにものにもなれない、はずで、生きているなんてうまくできない、はずで、そういうものだと、そういう、はずで…… ぎりぎりの月を眺めては、きみを殺す。 きみはいつものように、柔らかかった。きみの頸がぽきぽきと音を…

罰当たり

天井を見上げていつも通りのみずいろのイルカにほっとしながら絶望するくらいの朝に、生きてもいいなんていわれなくたって生きてしまう私がくだらないくらいに悲しくて手を握ったり開いたりしていたのに。 その手はしろい骨みたいで、しろい傷を隠さない半袖…

青の群青

ぼくは、きみになれば、愛されるのかな、きみになれば、きみみたいになれば、きみみたいに愛されるのかな、そんなのわからねえ。けども、きみとぼくはたしかにちがうのだから、ちがうひかりかたをしているのだから、一緒になってしまえば、ひかりはひとつに…

誕生

生まれたことを祝われるのは、なんだか虚しかった。それに対して、なんの感情さえもっておらず、感情がうごかされることもなかったのだ。ぼくは、生まれたくなかったから。でも、生きてきたことを祝ってくれるひとびとに出会い、ぼくは誕生日が好きになった…

桃色の月

そわそわする。ふわふわする。今日は全身を入念にマッサージしてはやく寝よう。できるだけ。はやく眠剤を飲んで、ベッドに入ろう。明日は大好きなあの子が、私に会いにやってくる。あの子からのメッセージに返信をして、瞼をとじる。あの子の笑った顔が浮か…

うお座

ぼくは海からやってきたのかもしれない。海と言ったって水色できれいなきらきらしたのではなくて鉛色のくらいくらい海から、その痩躯をやけに重そうに引っ張ってきて歩いてやってきたのだろう。水を吸った薄っぺらなワンピースはすっかり汚れてしまっている…

蒼い朝に

7センチのヒールをかつかついわせながら駅前を歩くおねいさんが踏んづけた知らないスーパーマーケットのチラシを拾い上げたぼくの行き先は何処にもなかった。おねいさんの浮腫んだしろい脚はとてもきれいでつよくてちょっとさびしい。ぼくはピンク色のカミソ…