水鏡文庫

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きみのにじいろと目が合った

 

 

下り坂を猛スピードで走っていく自転車を坂の上から神様みたいに見つめながら、それがぶっ壊れるのを眺めていた。はじめはゆっくり下っていたはずだったのに、いつだかふたつの足は縺れてバランスを崩していく。その自転車に乗っているのはぼくだ。そして、それを見つめているのもぼくだった。そうだろう、ぼくの人生はいつもそうだった。急ブレーキのかけ方がよく分からずにここまで来てしまった。籠の中に入れられたおおきなストロベリー・ショートケーキはぐしゃりと音を立てるように潰れ、几帳面な白い箱から飛び出していた。周囲の人間は影のように見て見ぬふりをして雑踏のなかへと消えてゆく。そのなかで差し伸べられたあたたかくてすこしつめたいおおきな手が、ぼくの痩せこけた骨みたいな指を握った。ぼくは、おおきなストロベリー・ショートケーキのほうがぼくなんかよりよっぽど大事だったので、自暴自棄になっていた。もう、ここまで壊れてしまったら、清々しいものである。何もかもを失ったぼくに、価値はないのである。そんな言葉をもごもごと口のなかで咀嚼していると、さっきのおおきな手の指が、さらにつよく、それでいてやさしく、ぼくの手の指を繋いだ。あたたかくてすこしつめたかった。おそるおそる顔をあげてみたら、きみのみどり色のTシャツが眩しくて、海に溺れそうになった。視界がぼやけても、いっしょうけんめいきみを見る。きみは切れ長のちいさい瞳をいっそう細くして微笑みながら、指を絡めた。そのときのぼくたちはきっと、世界一きれいなこいびと同士だった。

 

あの娘は、にじいろのきれいな水晶玉を持っていた。だれよりもかがやくそのにじいろは、あの娘のうつくしさをさらに際立てた。にじいろが反射しているのかきらきらと輝いたおおきな瞳、つんと立った小さな鼻と、さくら色の小さな唇はいつだって私の憧れで、そして憎悪だった。どうやってもあの娘になれないから、あの娘に合うと惨めな気持になる。いつだっておおきな瞳が私をみつめる。私は、その瞳に気が付いているのに気が付かないふりをして、窓の外をみた。流れる雲が、夏を連想させた。夢をみた。うたたねの夢だ。陽だまりのなかの病室で、あの娘の夢をみた。あの娘には、あの娘にとっての、あの娘がいたのだった。あの娘はにじいろのきれいな水晶玉を買った。あの娘がそうしたように、にじいろのきれいな水晶玉を買ったのだ。はじめから、にじいろの水晶玉を持っていたわけではなかった。土砂降りの通り雨が上がって、白いカーテンを開けた。きみのにじいろと目が合った。

 

こんばんは。なんだか久しぶりに小説というものを読む時間を得たので、たくさん買いました。入院中で、寝てばかりも飽きましたので、すこしベッドの頭をあげて本ばかり読んでいます。そのままうたたねをして、だいすきな夢をみたりしては、ひとりで嬉しくなっているような日々です。やっぱり小説は素敵です。意味がわかるとかわからないとか、そういう理論的な生活からは離れているような言葉が粒みたいにきらきらと瞬いて、身体に吸収されていくような気持です。突然ですが、つぶつぶの果汁が入ったオレンジジュースは好きですか。私はちいさいころからなぜだかそれがいっとう好きで、病院の売店に売っているのをねだっては、買ってもらってご満悦でした。たんなるオレンジジュースはそこまで欲しくないのに、なぜだかつぶつぶが入っているだけで、ちがうもののような気がしていたからです。小説はそれに似ているな、と思いました。会社のパソコンから流れてくるえらいひとのメールの文面は、そこまで私の心を震わせるようなものではないですが、純文学というような小説の文面は、まるでいきもののように私のなかでくるくると踊り、そしてすとんと落ちるのです。やわく咀嚼して飲み下すような感覚で言葉を味わうと、自分のなかで蠢いている言葉がくっついて、はやくここからだしてくれと強請るのです。そういうわけで、急に文章が書きたくなっただけの支離滅裂なものですが、思っていたより気に入っています。また、気まぐれになにか書くかも知れませんが、そのときまでまた。なんとなく、海月が漂うように生きていけたなら、それで満足です。