水鏡文庫

Twitter→@Mizukagami100

うお座

ぼくは海からやってきたのかもしれない。海と言ったって水色できれいなきらきらしたのではなくて鉛色のくらいくらい海から、その痩躯をやけに重そうに引っ張ってきて歩いてやってきたのだろう。水を吸った薄っぺらなワンピースはすっかり汚れてしまっている。ゆらゆらと波のようにうねるながい髪の毛をリボンで結っては無理に笑ってみせる。ぼくは鉛色のくらい海のなかにおよぐ深海魚なのだ。群青色をした深海魚なのだ。なんて皮肉な色だろう。ぼくの群青色がぼくの痩躯ではなく、海のそれならどんなによかったか。もしそうなら、ぼくの痩躯はきっと鉛色をしていただろう。おいしくもない、うつくしくもない、そんな鉛色の魚になって、群青色の海を泳いでいたかったのだ。いつまでも。きみがもし死んでも。

 

箱のなかに入っているんだと、わからないように生きていきたい。私はいま箱のなかで生きているのだけれども、それをいかに意識しないようになれるかが、この世界で生きるうえでのじょうずな生きかたなのだろうなと気が付く。

 

うお座をしっていますか。ぼくは、ちょうど十二星座占いでうお座なのだけれど、どうやら三等星よりあかるい星のないあまり目立たないくらい星座らしかった。まあそんなこたあどうだっていいのだ。散らかったくらい部屋で、ぼくの踏んづけたピンクの十二星座占いの本の表紙には、いかにもこどもだましのイラストがわらっていた。その本に目をやるといっしゅんにして小学校の記憶がよみがえってそのまま万年床に倒れこむ。

 

小学校のときにかってもらった十二星座占いのピンクの本は、ぼくの、ボクの?いや、わたしの、うお座のページだけびりびりに破かれているのだった。だから、ぼくはこのピンクの本には載ってない。もう。もう、載ってはいないのだ。

 

寒くて歯がかたかた鳴っているのがなんだかきゅうにおかしくなってへらへらと笑いながら歩いているぼくのことをじろりと一瞥しながら通りすぎていくハゲたおっさんの頭が霞んでいく。自動販売機の横に置き去りにされた缶からを思い切り蹴飛ばしたけれど、思っていたより転がらずに近くに留まっていた。人生みたいだった。歩かずにうまく軽く転がっていけたなら、どんなによかったろう。ぼくだって、おっさんだって、そうなりたかった。

 

かなしみに身をまかせたら、どこまでもどこまでも沈んでいける気がしている。卒業できなかったらもう私には5年生をやる精神力は残ってもいないからこれでいよいよ後悔なく死ねる。けれども、どうにか生きながらえているよ。不安に殺されそうな日もあったけれど、いまは生きているのだから、きっと。

 

きみも、きっと生きていてね。生きているのだから、それでいいから。それだけで、ぼくは、いつまでも生きていけるような気がしている。

 

きみは、どの星座のもとに生まれたんだい。