水鏡文庫

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深夜の病棟

 

うまれてこなければよかった、と繰り返しつぶやくぼくにきみは、うまれてきた意味はかならずあるはずだと、そういったね。ぼくは、必死に探したよ。きみのいったうまれてきた意味というものを。けれど、それはどこにも見当たらなかったんだ。警察にきいたら、わかるかしら。病院にきいたら、わかるかしら。けれど、そうこう悩んでいるうちに、なんとなく生きてきてしまったね。それでいいのかもしれないなと、最近おもうよ。

 

なんでもひとを悪くみる癖やめたい。ひとがかならずネガティヴななんらかに囚われているのだと考えてしまうのをやめたい。不安だと、どうしてもなんでもマイナスに考えてしまってつらくなるのはぼくのほうなのに。みんなぼくに悪意があるような気がするのだ。ぼくのことなんか大嫌いなのに、仕方ないから会いにくるんだ。でも、そんなことなかったと気付けたときに、ちょっとだけひとをすきになれたような気がした。

 

きみのこと、すきなんだってはっきりいえたならよかったね。ちがう出会いかたをしていたらよかったね。そればかり考えてしまって仕方がない。ぼくがきみの同僚だったら。ぼくがきみの幼なじみだったら。ちがっていたのかな。きみともっと近付けたのかな。

 

ふわふわはやさしい。おねいさんのたいせつなぬいぐるみが、ぼくの手のなかにある。おねいさんが貸してくれたかわいいふわふわが、ぼくのことをつつみこむ。深夜の病棟で、おねいさんとぬいぐるみとお話しながら、隠れてひみつのキャンディをなめる。おねいさんには、かわいい男の子とすてきな家族がいて、しあわせそうにはなすおねいさんのかおが、朝日に照らされてきらめいていた。ぼくも、そうであったらいいな。

 

人生ではじめてラブレターというものを書いた。だいきらいだった人間のことを、こんなにもすきになれるのだと、人間をすきになったことがほとんどなかったぼくは、半ば呆れてしまっている。ラブレターなんて、勝手な気持ちの押しつけなのかもしれなかった。引き出しにねむっているそのラブレターは、病棟のデカいごみ箱に投げ捨てられたとしても、それでもよかった。びりびりに破かれたって、回し読みされたって、それでもよかった。きみは、そんなことしないだろうけど。

 

深夜の病室で、おねいさんからもらったキャンディを転がしながら、ずいぶんとやせ細ったしろいふとももをみた。おねいさんの、落窪んだ大きな瞳が鏡をにらんでいた。つよい薬で髪が抜け落ちたおねいさんは、それでもわらっている。つられてわらったぼくのかおが歪んで落っこちた。月が汚いのに、夜景がひどく綺麗で、行けやしないレインボウ・ブリッジと東京タワーだけが、いつまでもふたりの横顔をてらしていた。

 

あいたいひとがたくさんいるのだ、私はここでくたばるわけにはいかないのです。今度やるあたらしい薬は、私が実験台になって、これから私とおんなじ病気でくるしむ人間のために、頑張らなくちゃならない。でももう、頑張るのはやめたかった。やめてしまいたい。おわりにしてもいいかもなんて、いわないでほしい。だめだよ、おわりはまだなんだ。私のおわり。きみのおわり。ぼくのおわり。

 

冬がくるね。

あたたかくしているきみがしあわせでありますように。

 

 

 

 

 

みずいろ

拝啓、みずいろのあなたへ

 

みずいろが好きだ。

 

みずいろはぼくのいろだった。いつでもぼくのいろだった。ぼくだけのいろ、ではないけれど、たしかにぼくのいろだった。アイスキャンデーのみずいろ。海のみずいろ。カシャカシャしたウィンドブレイカーのみずいろ。イルカの碧。海月のおよぐみずいろ。綾波レイのみずいろ。ぼくはだれよりも綾波レイになりたかったのに、結局なれなかったのだから。それでよかった。

 

夏がおわる。しらないうちに夏がおわっていく。しおれているひまわりと、溶けないアイス。

 

病院の窓がちょっとしか開かない。しけてんなあ。10センチしか開かない。網戸はない。そこからみえる風景なんて限度がある。夏にしらんぷりしていたら、寒くなってきて、ちょっとかなしいけれど、夏に会えなかったきみのこと、いつまでもわすれないとぼくはおもう。

 

だれがいちばんがんばってるなんてさ、そんなかなしいこといわないでよ。だれもかれも、じぶんの人生やってくためにがんばってるんだよね。だれかの一部分を切り取って、がんばってるとかがんばってないとか、わるいとかよいとか、判断すんのいい加減やめていきたい。だけどさ、それがどうしても、どうやってもできないときがあったから、本当に悔しかった。ぼくは、ぼくなりにみんなに優しくありたかった。とても優しく、知的な人間になりたかったのに、しらないうちに、だれがわるいかとか、そんなことばっかり考えて、だれもわるくないのに、かなしかった。

 

私がいないほうが、歯車がうまくまわるようなそんな気がして、死ぬ勇気も元気もないけれど。

 

ふわふわ、やさしさ、みずいろ、もくもく、ぜんぶあつめて、きみにあげたい。

 

私はやさしくなりたい。みんなをだいすきになりたい。ひとを憎みたくない。だけど、私もひとだから、どうしようもなくひとを憎みたくもなってしまう。その狭間で、ゆらゆらゆれている。風にふかれたやさしいたんぽぽみたいに、ゆれていたらいいとおもう。

 

やさしいきもちもふんわりした気持ちも大事にしたいな、あなたのことがすきでいたいよ。

 

みんな、生きていますか。私は、生きています。うまくやりましょうね、またお手紙を書きます。

 

おわり

 

生きていることがどんなに尊いかなんて、そんな腥い話をしたいわけではないんだな。ぼくはもっと、大空を泳ぐジンベエザメの話とか、海にきらめく流星群の話とか、ミルクを飲む子牛の可愛らしさとか、そういう話をしたい。

 

ぼくには、救いたいひとがいた。救いたくて、でも、もがけばもがくほど救えない、ひとがいた。救えなかった。なぜなら、ぼくは、あの男児に、ぼく自身の影をみていたからである。結局のところ、救いたいひとは、ぼく自身で、それでしかなかった。ぼくは、ひとが生きていることに救われることはあっても、救おうとしてくる人間のことが、どうしても、好きにはなれなかった。ぼくの苦しみは、たったひとりのぼくだけのものなのに。それを、ぼくは、ある男児に重ねて、ひとりで気持ちよくなっていたのだ。男児は、突然、塾をやめた。来られなくなった。ぼくは、男児のことなど、なにひとつ考えてなかったのだ。そう気付いたときは、もう何もかも遅かった。私はときどき、あの男児のことを思い出す。

 

あの夏の日に、アスファルトに溶けたぼくがいつまでも見つめていた。いっそ、どろどろにとけていられたらいいのに。肌に張りついたしろいTシャツに、白い骨みたいな腕が太陽に反射した。

 

心配されるのが好きだった。優しくされたかった。怒られるのが怖いから。みんなぼくに優しくしたらいいのに。

 

人間を愛していたい。

 

最近、どうですか。私は、この1ヶ月に入退院を繰り返して、3回目になります。先天性の病気が暴れて、コントロール出来なくなったからです。私は、いまの仕事先が、私の人生のなかで唯一無二の誇りでした。でも、それをなくすかもしれない恐怖に、悔しくて、名刺を破って捨てました。泣こうとしてないのに、勝手に涙が出てきて、涙腺がぶっ壊れて、かなしくて、どうしたらいいか、わかりません。

 

今日はおわりです。今日でおわりです。明日から秋です。ほんとうに?

 

死にたかったのに、本当に死にそうになったから、死にたくなくなる。そういうもんかな。

 

やる気ない

 

おわり

 

 

 

贖罪と白鳥

 

井の頭公園のまんなかに、ぽっかり浮かんだ池。いくつもの偽物の白鳥が、わらっている。ぼくは、ここがすきだった。春には、満開の桜が咲いて、ぼくのこの居場所がなくなってしまうけれど。白鳥は、いつでも変わらない。あの娘と、校則をやぶった寄り道に、乗って、それきりだった、あの白鳥。もうお世辞にも、白鳥とはいえなくなるほどに、汚れてしまった、あの白鳥。変わらない、ただぼくがここにいたことだけの記憶を、白鳥は憶えているのだろうか。あの娘は、あの日のことを、憶えているのだろうか。憶えていなくて、それでもいい。ふたりで白鳥に乗ったこと、その日の桜がとてもきれいで、ひとりじゃ行けなかった、満開の桜の日を、ぼくはたしかに憶えている。

 

孤独と孤立は違う。似て非なるものだ。孤独、みずから選びとるということ。孤立、寂寞のなかにひとり立ちつくすこと。ずっときみはひとりでいきてきたのだろうか。

 

流星群がみえるところに、ぼくをつれていって。

 

どうしようもなく、罪を犯してしまったようなときがある。生きているのが、そこにいるのが、それ自体が申し訳なく、もう消えてしまえたらどんなによいだろうか、とさえ考えてしまうこともある。どうしたらその、透明な罪を償えるのかさえわからず、くらい部屋で、ベートーヴェンの月光を流す。カミソリはごみの日に捨てたんだ。爪だってみじかく切って、しろいふくらはぎに蚯蚓脹れだってつくらない。

 

5.5センチのピンヒールをかつかついわせながら駅への道のりを急いでいるのは、いまのぼくだ。かつて、傘さえささずに、駅の階段に座っておねいさんの浮腫んだふくらはぎを、眺めていたぼくは、もういない。ぼくは、おねいさんになったんだ。ぼくはもう、水色のカシャカシャしたジャンパーをきて、死んだように住宅街を徘徊したりしないのだ。そのかわりに、襟のついたジャケットをぴっしりきて、かつかつと歩く。社会性だ。社会。法律なんて、大嫌い。

 

隣の席のきみ。黒髪のきみ。夏の風が吹き抜ける窓から、テニスコートを眺めては、すこし気怠げに黒板に目をやるきみ。ぼくと目が合って、やさしくほほえみをたたえるきみ。白いシャツから、ブラジャーが透けていないきみ。石鹸のにおいがする。この学校の制服はダサい。白いシャツにベルト付きの水色のスカートだ。女の子しかいないからって、ブラジャーを平気な顔してシャツから透かしているクラスメイトは、退屈なこの授業で、机に顔を突っ伏して、眠っていた。決して、授業中は眠らない真面目なきみ。やさしいきみ。

 

持病の調子がひじょうにわるく、急遽入院することになって、今日で5日たちました。これを、消灯時間1時間30分くらい過ぎた病室で、書いています。私は、誇れることがいまの仕事先くらいしかなくて、それを失うのが、とても怖いです。でも、生きるためには、身体をどうにかしなくてはいけません。この身体を呪ったこともあったけれど、いまは受け容れて生きています。仕方ないって思うこと、案外重要なのかもしれません。今日も生きてるからにはどうにかしていくしかないから。どうにか。やっていきたい。

 

きみは、どうかな?調子を壊していないかな。でも、いつかまたきっと、どうにかなっていくんだろう。世界は、変容するもので、どうにかなっていくから。きみのせいではない。

 

きみが生きていてよかった、贖罪はほんものの白鳥みたいにまっしろだった。

 

 

みずいろのきみ

 

ぼくには、なにもなかった、はずで、なにものにもなれない、はずで、生きているなんてうまくできない、はずで、そういうものだと、そういう、はずで……

 

ぎりぎりの月を眺めては、きみを殺す。

 

きみはいつものように、柔らかかった。きみの頸がぽきぽきと音を立てているのに、ぼくは知らんぷりして手に力を込めていく。ぼくは息を止めて、きみの頸だけをみつめていた。生きていくことは怖いのに、うつくしくて、嫌気がさしてしまうくらいに。きみは人間だから、嫌いだ。きみは、人間なんだ。ぼくは、人間になれていない、人間のなり損ないで、だから、ぼくにはきみが眩しすぎて、息ができなかった。

 

みずいろ、雨、ピンク色の傘しか持たないきみがなぜだかBURBERRYのチェック柄の傘を持っているものだから、不思議で仕方なかった。社会に飲み込まれちまった、きみの傘は、フリルのピンク色の傘ではなく、社会に馴染む、ぼやけたBURBERRYの傘だった。きみは、みずいろのきみが、ぼやけて融けて、透明になっていく。透明になったきみは、やわらかい微笑みを湛えながら、中央線に飛び込んだ。

 

きみの死体は、うつくしい。

ぼくは、うつくしい死体になるために、生きているのだよ。

 

きみの白い頬を撫ぜる。きみは唇をわななかせて、なにか言っている。でも、ぼくにはきこえない。必死にききとろうとしているのだけれど、なにもきこえない。きみは、ぼくを好きだとそういったんだ。ぼくも、きみのことが大好きだった。だのに、きみはいなくなってしまって、ああ、きみはぼくのなかの、自己愛に過ぎなかったのだと知る。

 

生きていますか。

私は社会にもまれながら、黒いりぼんのバレッタとピンク色の傘を忘れずに、生きています。あなたにお手紙を出すなんて、はじめてのことかもしれません。それでも、私はどうにか生きていようと思えているのです。死のうとしたことは何度もあったけれど、生きていてよかったこともあるのです。私はいま、誰かのために仕事をしています。誰かに必要とされているのです。死ぬわけにはいきません。でも、自分が作って、作り上げてきたこだわりを、壊したくはありません。ですから、今日も、ピンク色ではないけれど、お気に入りの黒いりぼんバレッタを髪に付けています。私は、こういう、人間なのです。安直で、単純かもしれないけれど、きっといつかよくなるはずです。

 

あなたをあいしています。

 

 

罰当たり

天井を見上げていつも通りのみずいろのイルカにほっとしながら絶望するくらいの朝に、生きてもいいなんていわれなくたって生きてしまう私がくだらないくらいに悲しくて手を握ったり開いたりしていたのに。

 

その手はしろい骨みたいで、しろい傷を隠さない半袖のしろいシャツが眩しかった。

 

なんにもできなくて、なんにもなれなくて、お給料は出ているのに、ずっと引きこもりっぱなしで、お手伝いは必死にしているけれど、私の生きている価値を見出したくて、必死にしているけれど、それでもだんだん価値が薄くなっていく。両親に非難されても仕方ない、死んでるのと同じだ。父親は、給料が発生しているのになにもしていないから罰当たりだと、そういった。私にはなにも言い返すような言葉もなく、私はなにも言い返すような価値もない人間であるため、黙っているしかなかった。勉強をしても、私はもう学生ではないのだから、なにかしていることにはならず、非常に非生産的で生きている意味が全くわからない。

 

私はなにをしたらいいのだろう。私は与えられたものは完璧にこなせるように努力してきたつもりだ。これまでも、これからもそうしていくつもりだ。だけど、いまはそれがなにもない。私が定めたことなど弱くて簡単に覆せてしまう。だから、私は非生産的で死んでるのと同じなのだ。

 

非生産的な私は両親にとって生きている価値などなく私のことを愛しているのではなく私が生産するものが好きなだけだったのだ。昔からそうなんだ、私のことなど好きではない、私の才能が好きだったのだ。私の才能が、価値を愛しているのだ。だからなにもできない私は、罰当たりなのだろう。

 

私は綾波レイにはなれなくて、ぼくは綾波レイではなくて、私は綾波レイではなくて、ぼくは、私は、私は、綾波レイになりたかったのかもしれなかった。綾波レイは蒼い。綾波レイは蒼くて純白で、みずいろだ。私の好きな、みずいろだった。でも、私のみずいろは、あなたのみずいろではないのである。これを言うのにずいぶんと勇気がいるものだね、こんな私をどうかどうか笑ってください。

 

私は罰当たりだ、なぜなら生産的ではないから。私の生きる価値、私の価値はどこにあるのかわからない、腥い。こんなに腥いはなしをしたいわけじゃないんだよ、私はもっと、流星群をおよぐうお座の話とか、しろい雲の間を優雅におよぐジンベイザメの話をしたかったんだよ。こんな話、誰も読まない。私に価値はないからね。

 

生きていなかったらよかったなとふとおもう。でも君に会えなかったら私は嫌なんだ。君に会えたのは生きてたからなんだけどどうしようもなく生きていなかったらよかったと思ってしまうこんな私をどうか許してね

 

青の群青

 

ぼくは、きみになれば、愛されるのかな、きみになれば、きみみたいになれば、きみみたいに愛されるのかな、そんなのわからねえ。けども、きみとぼくはたしかにちがうのだから、ちがうひかりかたをしているのだから、一緒になってしまえば、ひかりはひとつになってしまうのだ。それは、すこし淋しいだろう。それは、すこし暗いだろう。

 

暑くたって、寒くたって、あの子はいつも水色のウィンドウブレイカーを着ていた。あの子はいつも暗い顔をして、歩いている、というよりも、徘徊している、といったほうが、より正しいような、そんなふうにして、ここらに現れていた。俺は、あの子とすれ違うたび、ひどくぞっとして逃げ出したくなる。俺を、見透かしたように、こちらをぎょろりと、にらむあの子のふたつの瞳はかなしいほどに、うつくしく、そして濁っていた。自動販売機のゴミ箱に入りきれなかったカンカラを、思い切り蹴飛ばしてみても、俺はたしかにあの子に似ていた。俺はぜったいに、悪くないのだから、俺に罪などないのだから、そんな目で俺をみるな、みるな、みるな、みるなみるなみるなみるな、みるな。

 

殺されたいわけじゃない、だけど生きていくのもじぶんで死ぬのもいやな水色のあの子が、おっさんに殺されちまったなんて、そんな噂も流れたけれど、すぐに忘れ去られてしまった。ひとびとの関心を、惹き付けなかったのだろう。

 

死にたくない!

 

仕事をして、認められて、そうしてどんどん周りからの信頼も得て成長してキャリアアップなんて、夢かもしれないけど、それでも私は、諦めたくない。新入社員研修で、協調性のないひとはキャリアアップは難しいとか、他責より自責が大切だとか、うちの銀行のひとではない知らんおっさんにいろいろ言われたの、それってほんとうなのか?と懐疑心を忘れないようにして、聴いていた。知らんおっさんは、懐疑心をもつのではなく、受け入れることが学習に繋がると言ったけど、私はそうは思わなくて、その時点でもう、懐疑心をもってしまっていた!おもしろいね、おっさん。もう二度と会わないだろう、おっさん。一期一会。

 

おっさんにいろいろ言われたの、ほんとは凹んだんだよ。泣きながら東西線に乗って、周りからの視線に耐えて、だけどいまはちがう。

 

最近すごく前向きになっているような気がする。死にたい言わなくなったし、まあ知らんうちにストレス溜まってるけど、私なりのやり方がちゃんとあるのだし、私の考えというものはちゃんとあるのだから、それでよかった。

 

きみと一緒に生きていたい!